THE INTERVIEWS

のめりこんだというか、高校では教室に居る時間より、図書室・放送室・生徒会室に居る時間が長かったし、教室に居る時間も回覧新聞を書いて居たり、寝ていたり。
大学での時間の殆どは学友会室で過ごしました。

つづめて言うと「勉強以外の余計なこと」。

2012-02-04 04:09:52



高校のときの放送部の先輩であったり、大学の学友会の同輩であったり、他大学の写真部の仲間であったり、影響を受けた人はさまざまなのですが、「写真部に入るとおもしろおかしく暮らせる」「写真部の敵は生徒会。 生徒会を制圧しなければ写真部の明日は無い。」「部活は掛け持ちしてナンボ」と言う、ある意味正しく、ある意味間違った先入観を私に植え付けた ゆうきまさみ 先生(※あえて先生と呼ぶ)が、「最も影響を与えた」のではないかと思われます。


写真部には、写真しか撮らない退屈な連中も居ますが、たいていは筋金入りの馬鹿で、なにかしら業の深い趣味を抱えています。
生まれたときからロッテファンだったり、コマ収差好きが高じてレンズ設計者になってしまったり、とても書けないあんなことやこんなことも。


大学の先輩後輩で付き合いがつづいているのも写真部と学友会の有象無象。
私も含めてみんなどうかしていたし、今でもどうかしています。

2012-02-04 04:06:32


・肉は入れる。
・玉ねぎは飴色になるまで炒める。
・小麦粉でどろどろになるようなのは自分では作らない。
・トマトを入れる。
・ルー以外に手持ちの様々なスパイスをぶちこむ。

2012-01-31 21:58:50


東北六県の写真部有志がやっていた合同展「東北学生写真展」の運営と連絡にパソ通を使っていて、その端末を私の陋屋に置いていたのがそもそもの発端。
部員にエロチャット破産をした奴が居て、チャット課金地獄の恐ろしさは目の当たりにしていたので「下書き」→「接続」→「書き込み」で済ませていましたが、文字を共有して繋がる楽しさはこれで知りました。

写真展のOB連中で写真集を出し、その後でOB展をやることになり、その連絡用にインターネットを使うことになり、中古パソコンすら買えない私に林檎印のパソコンが下賜されてIIciがうちに来て、インターネットなるものと私とが出会いました。
1998年の夏頃だったと思います。

テキストが打ててメールの送受信が出来ればよいと言っていたのですが、実際に使い始めてみるとテキスト打ちですらタイムラグが出る始末で、浮いていたパワーマックの7100に取り替えて貰ってからネットサーフィン三昧。

写真展絡みでミニコミみたいなのを出していたのが終わってしまって出せなくなり、その代わりに身内向けにホームページを立ち上げたのがその年の暮れ。
ジオシティは定期的な更新義務があったので、日記(・・・のようなもの)をつけ始めたのが1999年の2月。
そして現在に到る。

2012-01-21 11:40:46


さだまさしが、そのあまりにヒドい(良い意味で)内容からアルバムへの収録を断念し、匿名希望名義で出した「時代はずれ」でした。
検索すれば文明の利器で観られると思いますが、今見ても実にヒドい(良い意味で)。
「一人酒盛り」とか「替り目」みたいな、迷惑で愉しい酔っ払いの歌。

ちなみに初めて複数枚買ったCDは、ピカピカの「ウルトラメンゴ」
理由はまぁ、察してください。

2012-01-21 11:14:36