THE INTERVIEWS

昔、「アタイ」だったころもあります。

誰かの前で自分のことをどのように呼ぶか、ということは、その人のその時々の気持ち、そしてその時目の前にいる人との距離感や関係を表すものですよね。ですから、一人称というのは、場所や状況、コミュニティによって変わります。

あたくしの場合ですと、会社では「僕」もしくは「朕」、友人の前では「俺」もしくは「余」、ビジネスでは「わたし」もしくは「わたくし」、一人ぼっちのときは「レンディンフラウボウ」と使い分けています。

余談ですが、会社では「ちん、これやっといて」という風に二人称で使われることもしばしばで、これは朕としては甚だ遺憾です。しかしこれは要するに一人称とあたくしのバランスが望ましいものでないためだと思います。

ネット上では「あたくし」を好んで使っていますが、これは基本的にはネット上のみのことです。しかし唯一の例外として、仕事上の電話をかける時に「あたくし○○社のアリコと申しますが」と名乗ることは多々ございます。

日ごろ、何気なく使い分けている一人称。
けれどもそれはとても大切な、一番最初の自己紹介です。たくさんの人に出会い、言葉を交わす中で、もし一人称をひとつしか使えないとしたら、なにが一番いいかしら、あたくしに似合うかしら、なんてことも、考えてみると面白いものですね。

よろしくお願いいたします。

2011-09-10 05:42:04



このマンガが起源のようです

ご質問いただき、誠にありがとうございます。

あのパツキン娘が生まれたのはいつだったのか、というご質問をいただきました。
ご質問をいただいて、あたくしも「そういえば、いつなんだろうか」と考えてみましたが思い出せませんでした。

そこで、少し調べてみました。

まず最初にルウクデザインブログを始めた2008年4月まで遡ってみました。しかし、この頃にはすでにいたようです。続いてmixiの日記を見てみました。すると、どうやらこれが起源ではないかと思えるものが見つかりました。それが、サムネイルの画像です。

日付は2005年12月30日03:34とあります。
当時古い友人であるくろまるさんと2人で新井薬師にあるバー「OLE」でお酒を飲んでいました。そして、ほろ酔いでA4の紙か何かに交替でマンガを描いたのです。その時にたまたま、自画像としてこのキャラクターを描いたのが、おそらく始まりなのではないかと思います。

結局、またしても結論は「適当に描いていた」でした。

∬-_ -)

◆参考リンク
当時のmixi日記「新井薬師ナイト」(表示の一番上)
http://mixi.jp/list_diary.pl?year=2005&month=12

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スリーサイズについてですが、これは今適当に考えるに

絵では棒ですが実際は85・63・85です。

よろしくお願いいたします。

2011-09-09 10:19:13


∬゚д゚) ファーン!

2011-09-08 06:11:58


おれのどこがセミなんだ!

ご質問いただき、誠にありがとうございます。

ピンクのセミが生まれたのは忘れもしない、2,3年前の四季のうちどれかのことでございます。当時、あたくしはご縁あって40mPさんの初アルバム「39+1m」のデザイン担当をさせていただいておりました。

アルバム制作も一段落したところだったでしょうか。あたくしはblogにこのアルバムに関わったスタッフについて書き始めました。そして、まさにこの日記でご質問のインセクトは誕生したのでございます。


◆参考URL「40mp「39+1m」が完成したの?」
http://happyoekaki.blog.shinobi.jp/Entry/637/

この日記の中ほどにお進みいただきますと、おおむね間違った人物紹介が続き、ほどなく問題の非常に醜いインセクトが登場します。これが、「ピンクのセミ」の起源となります。

さて、ことのついでにその背景も当時を振り返りながらになりますが、ご説明させていただこうかと思います。お客さまにおかれましてはご多忙の折誠に恐れ入りますが今少しお話にお付き合い頂ければ幸いでございます。


この日記を更新するにあたり、関係者の皆さまの数だけ似顔絵(?)を描きました。しかし、おそらくはguitarさん以外お会いしたことはなかったため、性別すらも明らかでない中、作業はまさしく手探りの状態でした。ぶっちゃけDECO*27さんの似顔絵を仕上げたあたりであたくしの極めて乏しいクリエイティビティは完全に枯渇していました。

「もう、人間描きたくない」

そう感じたあたくしは、おもむろによくわからないものを描き、バケツツールで基本パレット上のピンクを一気に流し込みました。これは大変に痛快な作業でした。そして、生来いい加減で飽きっぽいあたくしは、それをそのまま掲載し、「マクー」と書いたのです。これにより、そのあと再び人間を描く気力が湧きました。

要するに、飽きて変なもの描いてせっかくだから使うかと思ったらたまたま紹介の順番がマクーさんの番だったのです。

初めてマクーさんにお会いした時、あたくしは「セミ」と優しく呼びかけ、セミは「セミじゃねえから!」と激しく抵抗していました。しかしこれはいわば思春期独特の無軌道な反抗(レジスタンス)とも言えるものだったようで、やがては40人以上もいるような飲み会で自ら「セミです」と自己紹介するまでになります。

あの時、あたくしは遠くからセミを見守っていました。どうしようもない不良だった息子が「おかあさん、ありがとう」と言ってくれたような気がしました。


今にして思えば、お会いしたこともない方を勝手に不気味な化物に仕立て上げた挙句、許可もなくこれを掲載するなど許されないことです。しかし、セミのお人柄のおかげでしょうか、あたくしは吊るし上げられたりこの界隈から永遠に追放されることもなく、今に至っています。

セミは夏の風物詩でございます。
夏の険しさも朝晩には影を潜める季節になって参りました。秋の足音も聞こえてこようかという今日此の頃、かようなご質問を頂戴したことにはなにがしかの運命を感じます。

2011-09-08 06:02:27


真理カウンセラーのメロウスミス石川がお答えします

そなたは腐ったまん……りんごなどではありません。
折れてなどいない。

自信を持って強く生きてください。

しかし同時に、そなたはいつでも2つ折りになれるくらいの輝かしい未来も秘めているのだということも、忘れないでください。望めば4つ折りにだってなれる。

松尾芭蕉の句に

古池や 蛙飛び込む 水の音

というものがあります。
これは、古池に蛙が飛び込んだら音がしたという句です。

よろしくお願いいたします。

2011-09-07 19:02:58