kimurakemuriのインタビュー
kimurakemuri:
1977年11月07日生まれ、34歳。
北海道出身。
現在は東京都を拠点に、余談家/道草師として活動中。
海のものとも、山のものとも、
さ、で切れてるのはなんか意味あるんですか?
最近の休日の現実、ですが、家で午後の遅めの時間に起きてブランチして、だらだらしたり洗濯したり本読んだりなんか書いたりしてると、夕方になって、スーパーや魚屋に買い物行って、晩ご飯作って、ちょっとだけお酒飲んで、DVD観て、眠くなったら寝る、ってところでして、
理想ですね。これ以上の休日の過ごし方があるならぜひ聴かせてくださ
最近の休日の現実、ですが、家で午後の遅めの時間に起きてブランチして、だらだらしたり洗濯したり本読んだりなんか書いたりしてると、夕方になって、スーパーや魚屋に買い物行って、晩ご飯作って、ちょっとだけお酒飲んで、DVD観て、眠くなったら寝る、ってところでして、
理想ですね。これ以上の休日の過ごし方があるならぜひ聴かせてくださ
2011-09-28 23:08:44
ぼくの料理はフラスコとビーカーとアルコールランプみたいな、白煙吹いて口から粉吹いて、みたいな理科室感覚、だいたいその場限りの実験になることが多いので、得意料理にならないんです。その場限りで作り方忘れますからね。
特に5〜6年前にブームが来たときは結構派手な大実験をやってました。深夜に急に冷や汁がたべたくなって、しかしここは宮崎ではないし、近所に宮崎郷土料理屋もない、やれやれそれでは作ろうではないか、とインターネットで検索したり、本屋でレシピを立ち読み(買わないのがポイント)して、買う材料を暗記して、ブツブツと唱えながらスーパーに行って、わざわざすりこぎ棒を探してスーパーハシゴしたりして、あじの干物焼いて冷まして粉々にして味噌や酒を加えてどろどろにしたやつをラーメンどんぶりの内側に塗って軽く火で炙って、胡瓜と茄子を薄い輪切りにして水に浸して、あ、結構覚えてるもんですね。また別の日は深夜に急に餃子がたべたくなって、けれどここは中国ではない、近所の中華料理屋は閉まってる、それでは作ろうではないか、そうだ、せっかくなら皮から作ろうではないか、と思い立ってみた、ものの、薄力粉と強力粉のバランス、生地の寝かせ方や水の分量や、いったいなにがおかしかったのか今でもわからないんですが、失敗して皮が固まらなくて、結局身だけ炒めてごはんに乗っけてたべましたね。そうだ、あと、ここはスペインではないので、こないだパエリヤも作りました。すごい不安だったけどなかなか上出来でした。あれはもう一回やってみたい。
そんな調子なんですが、あえて得意料理と呼ぶとすれば、プレーンオムレツです。
私には2つ下の妹がおりまして、まあ、兄のやることなすことにかなり厳しい点数をつける、しっかりもの系の妹ではあるのですが、彼女と川崎で一緒に住んでいた時代がありまして、そのころ、たまたま一緒だった夕食の席で、”兄のプレーンオムレツはうまいよね”と言わしめたことがとても印象に残っているからです。妹に褒められたことなどほかに記憶が無いんですよね。もう10年前くらいの話をこうやって今覚えていて話しているのですから、よっぽどのことでしょう。シンプルな料理だし、これはしょっちゅう作ります。バターはたっぷりつかいます。先天的な痩せ形なのでそういうの、あんまり気にしないんですよね。あんまりゴテゴテと手の込んでないものがさらっと、ふつうに、うまい。というのは、なんというか、理想ですよね。そういう、プレーンなところを磨きたいものですね。
エプロン欲しいんですけど、なんかいいのないですかね。白衣と博士風のカツラにしてみようかな。
特に5〜6年前にブームが来たときは結構派手な大実験をやってました。深夜に急に冷や汁がたべたくなって、しかしここは宮崎ではないし、近所に宮崎郷土料理屋もない、やれやれそれでは作ろうではないか、とインターネットで検索したり、本屋でレシピを立ち読み(買わないのがポイント)して、買う材料を暗記して、ブツブツと唱えながらスーパーに行って、わざわざすりこぎ棒を探してスーパーハシゴしたりして、あじの干物焼いて冷まして粉々にして味噌や酒を加えてどろどろにしたやつをラーメンどんぶりの内側に塗って軽く火で炙って、胡瓜と茄子を薄い輪切りにして水に浸して、あ、結構覚えてるもんですね。また別の日は深夜に急に餃子がたべたくなって、けれどここは中国ではない、近所の中華料理屋は閉まってる、それでは作ろうではないか、そうだ、せっかくなら皮から作ろうではないか、と思い立ってみた、ものの、薄力粉と強力粉のバランス、生地の寝かせ方や水の分量や、いったいなにがおかしかったのか今でもわからないんですが、失敗して皮が固まらなくて、結局身だけ炒めてごはんに乗っけてたべましたね。そうだ、あと、ここはスペインではないので、こないだパエリヤも作りました。すごい不安だったけどなかなか上出来でした。あれはもう一回やってみたい。
そんな調子なんですが、あえて得意料理と呼ぶとすれば、プレーンオムレツです。
私には2つ下の妹がおりまして、まあ、兄のやることなすことにかなり厳しい点数をつける、しっかりもの系の妹ではあるのですが、彼女と川崎で一緒に住んでいた時代がありまして、そのころ、たまたま一緒だった夕食の席で、”兄のプレーンオムレツはうまいよね”と言わしめたことがとても印象に残っているからです。妹に褒められたことなどほかに記憶が無いんですよね。もう10年前くらいの話をこうやって今覚えていて話しているのですから、よっぽどのことでしょう。シンプルな料理だし、これはしょっちゅう作ります。バターはたっぷりつかいます。先天的な痩せ形なのでそういうの、あんまり気にしないんですよね。あんまりゴテゴテと手の込んでないものがさらっと、ふつうに、うまい。というのは、なんというか、理想ですよね。そういう、プレーンなところを磨きたいものですね。
エプロン欲しいんですけど、なんかいいのないですかね。白衣と博士風のカツラにしてみようかな。
2011-09-26 23:13:48
コーヒー好きです。とはいえそんなに拘っているわけでもなく、缶コーヒーでもドトールでもベローチェでもまあそれなりにおいしくいただきます。なんちゃらラテみたいなスチームミルクでぼわぼわしたアメリカのチェーン店っぽいやつはもうめったに飲みません。いつまでも口にまとわりついて残るし、おなかもふくれるし。トールとかグランデとか信じられないです(コーヒーをタンブラーで飲むなんて!ねえ)。最後の方ミルクも冷えてだるだるになって、しまいにおなか壊しますよね。おなかも弱いんで、ぼくは。
最近、クオリティ・オブ・ライフを標榜して、引っ越したきっかけでやっと豆挽き器を買ったので、近所のコーヒー屋さんでその場で焙煎してもらって、朝、起き抜け、寝ぼけ眼の5分くらいを費やしてガリガリ挽くのが楽しみになっています。電動じゃなくて手回しのやつですね。挽いているときの香りが一番いいですよね、コーヒーって。あと、目覚ましにもなります。手をぐるぐる動かしているうちに、頭も冴えてきます。ボケ防止の胡桃みたいなものでしょうか。
シチュエーションって彼女とビーチでとか、家族と行楽でとか、クライアントとオフィスでとか、毎年彼岸におばあちゃんが淹れてくれたとか、そういうのですかね。それとも浪費家で酒乱の父から母を守るために父を殺した罪で3年の刑に服した後、ほんのすこしの着替えと現金と母からの手紙の束だけを手にバスに乗って、最寄りの街でふらっと喫茶店に入って飲むブレンドとか、そういうのですかね。これは絶対うまいですよね。
で、彼はコーヒーの香りとヤニの染み付いた、昼間なのに仄暗い店内の片隅の、薄桃色の公衆電話をじーっと見つめるわけです。時は2012年、もう街中探してもコインが使える公衆電話なんてなかなか見つけられないですよね。そう、彼は知っていたんですよ。ここにこの公衆電話があることを。彼は3年前もここに来たことがあるんです。もちろん、その当時は五分刈りでもなかったし、今より5〜6kgは肥っていたし、なにより彼は孤独じゃなかった。マスターの几帳面そうな黒いエプロンや、綺麗に剃り残された口髭、細身のわりにしっかりしてごつい指でオープンサンドにスライスしたゆで卵を並べるしぐさも当時のままだった。たった3年といえば確かにそうかもしれません。塀に囲まれて自問自答しつづける時間が、外の時間と同じスピードだというのならば。インド人のラヴィはかつてぼくにこういいました。時間ってのはelastic(可塑的)なんだ、と。よりによって遅刻してきたときに。単なる言い訳でもインド人が言うと深遠に響くんですよね。だんだんどうしたらいいかわからなくなってきたので、ここでやめていいですか。コーヒー淹れてきます。
最近、クオリティ・オブ・ライフを標榜して、引っ越したきっかけでやっと豆挽き器を買ったので、近所のコーヒー屋さんでその場で焙煎してもらって、朝、起き抜け、寝ぼけ眼の5分くらいを費やしてガリガリ挽くのが楽しみになっています。電動じゃなくて手回しのやつですね。挽いているときの香りが一番いいですよね、コーヒーって。あと、目覚ましにもなります。手をぐるぐる動かしているうちに、頭も冴えてきます。ボケ防止の胡桃みたいなものでしょうか。
シチュエーションって彼女とビーチでとか、家族と行楽でとか、クライアントとオフィスでとか、毎年彼岸におばあちゃんが淹れてくれたとか、そういうのですかね。それとも浪費家で酒乱の父から母を守るために父を殺した罪で3年の刑に服した後、ほんのすこしの着替えと現金と母からの手紙の束だけを手にバスに乗って、最寄りの街でふらっと喫茶店に入って飲むブレンドとか、そういうのですかね。これは絶対うまいですよね。
で、彼はコーヒーの香りとヤニの染み付いた、昼間なのに仄暗い店内の片隅の、薄桃色の公衆電話をじーっと見つめるわけです。時は2012年、もう街中探してもコインが使える公衆電話なんてなかなか見つけられないですよね。そう、彼は知っていたんですよ。ここにこの公衆電話があることを。彼は3年前もここに来たことがあるんです。もちろん、その当時は五分刈りでもなかったし、今より5〜6kgは肥っていたし、なにより彼は孤独じゃなかった。マスターの几帳面そうな黒いエプロンや、綺麗に剃り残された口髭、細身のわりにしっかりしてごつい指でオープンサンドにスライスしたゆで卵を並べるしぐさも当時のままだった。たった3年といえば確かにそうかもしれません。塀に囲まれて自問自答しつづける時間が、外の時間と同じスピードだというのならば。インド人のラヴィはかつてぼくにこういいました。時間ってのはelastic(可塑的)なんだ、と。よりによって遅刻してきたときに。単なる言い訳でもインド人が言うと深遠に響くんですよね。だんだんどうしたらいいかわからなくなってきたので、ここでやめていいですか。コーヒー淹れてきます。
2011-09-25 01:57:40
インドには訳あって1年ほど滞在しまして、最初の1週間でカレーは飽きました。もともとそんなにカレー、好きじゃないんですよ(ちなみに昨日久々に、昼にたべた、三軒茶屋のASIAN SOULのドライカレーはうまいです。そういえばインドでキーマカレーとかドライカレーとか、たべなかったなあ)。 なにを一番好んでたべていたかというと、パパイヤです。1玉2ルピー(当時で1ルピー=2円70銭くらいだったので5円くらいですか)で、近所の果物屋で買って、毎朝のようにたべてました。1玉、半分に割って、スプーンでほじくって。甘過ぎなくて、ジューシーで。あとバナナ。赤っぽくて固い外皮に覆われたゴールデンバナナっていったか、独特な、クリーミーな。
あとは自分で作ったスパゲッティミートソース。あれはうまかった。外出すると、カレーか、カレーみたいな中華料理しかなかったし、たまの韓国料理(ヒュンダイの工場が街にあったので韓国人は多かった)や、日本料理は高額だったので、自炊を本格的にしはじめたのはインド滞在時でした。輸入食材がわりかし揃っている近所のスーパーでパスタと、タマネギと、ホールトマト缶と、出所の知れない冷凍牛ひき肉と、ナツメグ(塊で売ってた。インドはスパイス王国ですから)やらローリエやら買って、クックパッドもない時代に、なんとなく作ったミートソース。もしかしたらすごい不味かったのかも知れないけど、当時、つかの間一緒に住んでいたベトナム帰りの日本人技術者のおっさんとうまい、うまい、ってたべたのを思い出します。
ナツメグを塊で買うのなんて後にも先にもないでしょう。だいたいナツメグってあれ、なんなんですか。木の皮の塊みたいな。なんなんですか、あれ。
あとは自分で作ったスパゲッティミートソース。あれはうまかった。外出すると、カレーか、カレーみたいな中華料理しかなかったし、たまの韓国料理(ヒュンダイの工場が街にあったので韓国人は多かった)や、日本料理は高額だったので、自炊を本格的にしはじめたのはインド滞在時でした。輸入食材がわりかし揃っている近所のスーパーでパスタと、タマネギと、ホールトマト缶と、出所の知れない冷凍牛ひき肉と、ナツメグ(塊で売ってた。インドはスパイス王国ですから)やらローリエやら買って、クックパッドもない時代に、なんとなく作ったミートソース。もしかしたらすごい不味かったのかも知れないけど、当時、つかの間一緒に住んでいたベトナム帰りの日本人技術者のおっさんとうまい、うまい、ってたべたのを思い出します。
ナツメグを塊で買うのなんて後にも先にもないでしょう。だいたいナツメグってあれ、なんなんですか。木の皮の塊みたいな。なんなんですか、あれ。
2011-09-21 00:47:18
学生のころから旅行や仕事で海外に行く度に、街の本屋や空港の本屋で大変多くの洋書やペーパーバックを買い込む癖がありまして、残念ながら大半は読まないまま、先月の引っ越しでずいぶん読まずに捨てました。よっぽど相性がよければ細切れの時間でも読めますが(ちなみに”よっぽど”相性がいいのはニック・ホーンビィです)、ゆっくり腰を据えて洋書を読むというのは今のサラリーマン生活では無理です。
大学の頃、文芸翻訳家をやってみたいとおもっていた流れです。たべていくのは大変でしょうし、語学も生半可、専門の勉強も必要だし、かといって打ち込むほどの熱意もなく、結局ぼんやりと流れ流れて今まで4つの、バラバラな仕事をやってきました。流れ流れてとはいいましたが、それぞれの仕事でそれぞれ貴重な経験ができたし、まあ、どれもこれも適職!という仕事だったとはいえませんが、一方でどんな仕事もあんまり変わらない、なんでもできるし、なんにもできない、という諦念のような、なんといいますか、まあ、ご覧の通り歯切れの悪い回答ですが、未練がないといえばウソですし、じゃあ努力してきたか、といえばそれもウソなので口をつぐむしかない。
今でも文芸翻訳がやりたいか、というとそういうこともありません。ただ、ひとり、ジリジリと自分の好きな言葉に向かうような仕事を、東京以外でしたい、とおもうことはあります。校正でもなんでもいいので。日本じゃなくてもいいので。ワークライフバランスがもっといい国で。タウンページの編集をしたい、というのはもちろん詭弁ですが、象徴的でわかりやすいのでよく使う方便です。ついでにちょっとした飲食ができて、気の利いた老若男女があつまるサローンのようなものが持てるといい。ここ、ぼんやりしてますね。
ライフスタイルというと、外国人/異物でいたい、というのはあります。そっちのほうが楽だからです。海外に興味がある、と思われがちですが、異邦人でいたいということなんだと思います。なので場所の問題ではない。楽なのがよいことかどうかは検証していません。総合すると、どこか知らない国の電話帳を編集する仕事がいいです。こういうの、青臭いんですかね。
大学の頃、文芸翻訳家をやってみたいとおもっていた流れです。たべていくのは大変でしょうし、語学も生半可、専門の勉強も必要だし、かといって打ち込むほどの熱意もなく、結局ぼんやりと流れ流れて今まで4つの、バラバラな仕事をやってきました。流れ流れてとはいいましたが、それぞれの仕事でそれぞれ貴重な経験ができたし、まあ、どれもこれも適職!という仕事だったとはいえませんが、一方でどんな仕事もあんまり変わらない、なんでもできるし、なんにもできない、という諦念のような、なんといいますか、まあ、ご覧の通り歯切れの悪い回答ですが、未練がないといえばウソですし、じゃあ努力してきたか、といえばそれもウソなので口をつぐむしかない。
今でも文芸翻訳がやりたいか、というとそういうこともありません。ただ、ひとり、ジリジリと自分の好きな言葉に向かうような仕事を、東京以外でしたい、とおもうことはあります。校正でもなんでもいいので。日本じゃなくてもいいので。ワークライフバランスがもっといい国で。タウンページの編集をしたい、というのはもちろん詭弁ですが、象徴的でわかりやすいのでよく使う方便です。ついでにちょっとした飲食ができて、気の利いた老若男女があつまるサローンのようなものが持てるといい。ここ、ぼんやりしてますね。
ライフスタイルというと、外国人/異物でいたい、というのはあります。そっちのほうが楽だからです。海外に興味がある、と思われがちですが、異邦人でいたいということなんだと思います。なので場所の問題ではない。楽なのがよいことかどうかは検証していません。総合すると、どこか知らない国の電話帳を編集する仕事がいいです。こういうの、青臭いんですかね。
2011-09-20 00:39:10
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