ダイダラボッチはヤンバルクイナが好き
ヤンバルクイナはニライ・カナイが好き
橋本:
ホモが好きです。ホモが好きですが、この発言に差別的な意味合いはなく、同性愛者としてのホモセクシャルが好きという意味です。また、「ホモが好き」という発言によっておこる語弊についても言及しておかなくてはなりません。
「ホモが好き」と聞いて、「同性愛者に性的欲求、ないし好意を抱いている」または「同性愛者同士の恋愛的な関係が好きである」と理解したかもしれません。それはどちらも合っていますが、どちらも誤っています。
まず、前者について説明しますと、同性愛者に性的欲求を抱いているのではありません。好意を抱いているのは確かですが、それは不特定多数の善良な一般市民に抱く好意と同じものであり、それ以上でもそれ以下でもありません。同性愛者に好意を抱くことによって、そこから発展するものは何一つないことをご理解ください。
また、後者についてですが、この嗜好、もしくはこの嗜好を持つ人物は俗に『腐女子』と呼ばれるのだと思います。この点についてはそのように解釈をして、進めていきます。世界最大のフリー百科事典『ウィキペディア』の該当する項目を参照しますと、「男性同士の恋愛を扱った小説や漫画などを好む女性のこと」とあります。ちなみに、これは女性の呼称であり、そういった嗜好を持つ男性は『腐男子』などと呼ばれるそうです。さて、ここで注意していただきたいことが二つあります。
第一に、『腐女子』とは「男性同士の恋愛を取り扱った小説や漫画など」を好む女性のことであり、その対象は男性同士に限定されています。また、好む媒介は「小説や漫画など」とあり、主にフィクションに対する好意であるといえます。第二に、最前の「同性愛者同士の恋愛的な関係が好きである」という理解の仕方ですが、これは「同性愛者同士の関係」に注目した考え方です。あくまでも関係であり、対象そのものに着目してはいません。
ホモセクシャル、ホモとは同性愛者すべてを指す言葉であり、男性同性愛者に限定されてはいません。「ホモが好き」という発言はその意味に則っています。また、フィクションでの同性愛者に限らず、現実での同性愛者、概念としての同性愛も含み、「ホモが好き」と表記しました。
長々と書きましたが、つまり「同性愛者に性的欲求、ないし好意を抱いている」または「同性愛者同士の恋愛的な関係が好きである」ということではなく、ホモという存在そのもの、ホモというメカニズムが好きだということをご理解ください。同性愛について何かを発言できる立場ではありませんが、ひとまずこういった嗜好をしています。お目汚し失礼しました。
あとデザインとか好き。デザイン性に優れたサイトとか見るとくらくらする。
「おい、待て! 待てよ……待て待て! まあ待てよ! 待てったら! おい! 待て! 待てよ、待て、待て……よしよし、いい子だ……おいおい! 待て! 待て待て待て待て! 待てと言ってるのがわからないのか? いいか、この俺が、この俺が待てと言ってるんだぜ! 俺が待てと言ったからには、お前は待たなければならない、たとえ何があろうとも、そうだろ? だから待て、待てよ! 待てって! おい! 聞け! いいから聞け! 早く! 五秒だけでもいい! 五秒だけでもいい……三秒だ! わかった、三秒だけでいい! 三秒だけでいいから俺の言うことを聞け! ……おい! わかった! わかったよ! 聞くだけでいいから! 聞くだけでいい、従わなくてもいい、まだ待たなくてもいい、この時点では。まだ待つなんてことはしなくていいよ、だから聞くだけ聞いてくれ、聞いてくれよ俺の言うことを。聞けったら! 待たなくてもいいって言ってるんだ、この俺が……何だよ! くそっ! わかったよ! これだろ? この偉そうな……俺のこの偉そうな態度が気に入らないんだな? これを直しさえしたらお前は待ってくれる、そういうことなんだな? わかったよ、改めよう。いいか……待ってくれ、頼むよ。お前がいないと話にならないんだ。ほら、この通りだよ。聞いてくれ、どうか俺の言うことを聞いてくれ、なあ、頼むったら……待てよ! 行かないでくれ! ……え? 三秒? いや、それは言葉の綾ってやつで……おい、ふざけるな! お前もそれくらいわかるだろ! 聞いてくれ……いや、待ってくれ! 行くな! 行くなったら……ああ、わかってるよ! この態度がいけないんだろ? でもお前だって、俺がこうやって必死で頼んでるのに少しも待ってくれないし、……くそっ! わかったよ! これでいいんだろ? ……お願いします、どうかこの私めのために数秒だけでも足を止め、愚にもつかない私の言葉を聞いてくださいませんか……そら、どうだ! ……くそっ! くそっ! 行くなって言ったのに! 知らないぞ! 俺はちゃんと止めたんだ、それなのにお前が俺の言葉を聞かないから……ほら、死んだ! もう生き返らせてやんないからな!」
2012-05-23 17:00:13
けさ、彼は起きると人間になっていた。人間とは、つまり、人間のことだ。
戸惑う心もまるきり人間のもので、彼は渦巻くような混乱にさらされながらも、どこで刷り込まれたのか知れない習慣に従い、顔を洗って、朝食をとって、着替え、会社に向かった。彼はどうやら、生まれながらにして人間、それも社会の一端を担う人物であったらしい。
そして何とも不思議なことに、会社には人間が大勢いた。彼と同じ姿をした人間たちが、朝の時間に身を浸しながら、忙しさをその挙動で表現している。一人当たり一メートル四方ていどの空間を使い、各々が各々の仕事に向かっていた。
彼がなぜそれを認識できたのかというと、それは彼に目があったからだ。さらには、その目は体の一部で、神経が脳と繋がっており、頭で理解することができたからにほかならない。
なぜ、と問うてみても、カイシャのニンゲンに怪訝そうな顔で睨まれ、「仕事は終わったんですか」と言われるのみだ。今、出社したばかりなのだから、終わっているはずもない。
そして彼は、自分の定位置と思われる席に腰を下ろし、いつのものか、何の意味があるのかもわからないデータをパソコンに打ち込み、計算をし、まとめた。
やがて、カイシャのニンゲンたちが次々と席を立ち始めた。時計を見ると、なぜか短針と長針が重なっている。おや、と彼は思った。これはつまり、どういうことだろう。
「メシ行かないか」とは、彼の隣りに座っていた男からかけられた言葉だ。メシとは、と聞くと、「ちょうどすぐそこに新しいメシ屋ができたんだよ。一人で行くのもちょっとな」と年頃の女子学生のようなことを言う。
特に断る理由もないので男に同行し、その「メシ屋」で昼食をとることになった。
「どうしてこんなに人が大勢いるんだろう」
「そりゃおまえ、オープンしたばっかだし、メシどきだからな」
「オープン……メシどき? いや、おかしい。こんなに人がいるはずない。いるにしたって、俺の目に見える範囲にいるはずないんだよ。だいたい、なんで時計が進んでるんだ? ずっと止まったままのはずなのに。それに、だいいち、俺は人間なんかじゃないよ」
「はあ、なんか哲学的だな。俺はそういう難しいことわかんないや」
「哲学? いや、俺は難しいことを話してるんじゃなくて、常識をさ」
「おまえにしてみれば常識かもしれないけど、よくわかんないよ。あ、すみません、お茶おかわり」
「そうじゃなくてさ……」
「なんだよ、疲れてるのか? そんなことより、今晩空いてる? 久しぶりに呑み行こうぜ」
そうするうちに、彼は自分がなにものであるのか、そもそもはどこにいたのか、すべてを忘れてしまった。自分は人間である。ここにおかしいことはなにもない。そう思い込んでしまったのだ。自分が実に不思議な体験をしているとも知らずに。
なぜなら、彼は人間ではない。この時代の生物ですらない。
それは遠い遠い未来のことだ。この世界が世界としての秩序を保てなくなり、形ある生物が消え、時間すらもなくなってしまった時代。彼はそこに生まれた。
そしてどういうわけか、彼は夢を見ている。かつてあった時代に生まれた人間として、新たな架空の人生を歩もうとしている。その夢は彼だけのものではない。彼以外の、形を持たない生物たちもみな、夢を見、共有しているのだ。そこに世界がある。
歴史は繰り返す。その言葉に、間違いはなかったのだ。
※ ※ ※
「センパイ、こんなもんでどうですかね?」
「あのねえ、君、不思議な体験談ってね、こういうSFみたいなのじゃなくてね……」
「えっなんか駄目でしたか」
「もっとホラーとかさ、メルヘンチックなやつをさ。だいたいこれフィクションでしょ? 体験談って言ってんだろうが」
「えー! でももう完成しちゃいましたよ」
「駄目、無理、没。こんなの部誌に載せらんないよ」
「いいじゃないですか、ね、ほら……」
「また新しい話考えてきてね。はいファイトファイト」
「そんな!」
戸惑う心もまるきり人間のもので、彼は渦巻くような混乱にさらされながらも、どこで刷り込まれたのか知れない習慣に従い、顔を洗って、朝食をとって、着替え、会社に向かった。彼はどうやら、生まれながらにして人間、それも社会の一端を担う人物であったらしい。
そして何とも不思議なことに、会社には人間が大勢いた。彼と同じ姿をした人間たちが、朝の時間に身を浸しながら、忙しさをその挙動で表現している。一人当たり一メートル四方ていどの空間を使い、各々が各々の仕事に向かっていた。
彼がなぜそれを認識できたのかというと、それは彼に目があったからだ。さらには、その目は体の一部で、神経が脳と繋がっており、頭で理解することができたからにほかならない。
なぜ、と問うてみても、カイシャのニンゲンに怪訝そうな顔で睨まれ、「仕事は終わったんですか」と言われるのみだ。今、出社したばかりなのだから、終わっているはずもない。
そして彼は、自分の定位置と思われる席に腰を下ろし、いつのものか、何の意味があるのかもわからないデータをパソコンに打ち込み、計算をし、まとめた。
やがて、カイシャのニンゲンたちが次々と席を立ち始めた。時計を見ると、なぜか短針と長針が重なっている。おや、と彼は思った。これはつまり、どういうことだろう。
「メシ行かないか」とは、彼の隣りに座っていた男からかけられた言葉だ。メシとは、と聞くと、「ちょうどすぐそこに新しいメシ屋ができたんだよ。一人で行くのもちょっとな」と年頃の女子学生のようなことを言う。
特に断る理由もないので男に同行し、その「メシ屋」で昼食をとることになった。
「どうしてこんなに人が大勢いるんだろう」
「そりゃおまえ、オープンしたばっかだし、メシどきだからな」
「オープン……メシどき? いや、おかしい。こんなに人がいるはずない。いるにしたって、俺の目に見える範囲にいるはずないんだよ。だいたい、なんで時計が進んでるんだ? ずっと止まったままのはずなのに。それに、だいいち、俺は人間なんかじゃないよ」
「はあ、なんか哲学的だな。俺はそういう難しいことわかんないや」
「哲学? いや、俺は難しいことを話してるんじゃなくて、常識をさ」
「おまえにしてみれば常識かもしれないけど、よくわかんないよ。あ、すみません、お茶おかわり」
「そうじゃなくてさ……」
「なんだよ、疲れてるのか? そんなことより、今晩空いてる? 久しぶりに呑み行こうぜ」
そうするうちに、彼は自分がなにものであるのか、そもそもはどこにいたのか、すべてを忘れてしまった。自分は人間である。ここにおかしいことはなにもない。そう思い込んでしまったのだ。自分が実に不思議な体験をしているとも知らずに。
なぜなら、彼は人間ではない。この時代の生物ですらない。
それは遠い遠い未来のことだ。この世界が世界としての秩序を保てなくなり、形ある生物が消え、時間すらもなくなってしまった時代。彼はそこに生まれた。
そしてどういうわけか、彼は夢を見ている。かつてあった時代に生まれた人間として、新たな架空の人生を歩もうとしている。その夢は彼だけのものではない。彼以外の、形を持たない生物たちもみな、夢を見、共有しているのだ。そこに世界がある。
歴史は繰り返す。その言葉に、間違いはなかったのだ。
※ ※ ※
「センパイ、こんなもんでどうですかね?」
「あのねえ、君、不思議な体験談ってね、こういうSFみたいなのじゃなくてね……」
「えっなんか駄目でしたか」
「もっとホラーとかさ、メルヘンチックなやつをさ。だいたいこれフィクションでしょ? 体験談って言ってんだろうが」
「えー! でももう完成しちゃいましたよ」
「駄目、無理、没。こんなの部誌に載せらんないよ」
「いいじゃないですか、ね、ほら……」
「また新しい話考えてきてね。はいファイトファイト」
「そんな!」
2012-05-23 16:32:42
そんなこと言ったっておまえ、おまえだって俺を裏切るんだろう? ああ、答えなくてもいい。わかってる。おまえはきっと裏切るよ。俺はそれを知ってるんだ。なんだって知ってるよ。たいていの奴は俺を裏切るんだ。俺だって、いつ自分を裏切らないとも知れないからね。
ああ、いい、いいよ、そんなことはしなくていい。証明なんていらないよ。証明がなにになる? 言葉が人を拘束できるとでも? サインだって同じだ。指紋なんてなおさらだ。目に見えようが見えまいが、形而下にあろうがあるまいが、なんの意味も持たないことに変わりはない。そう思わないのか?
ほら、今。
今、俺から離れていこうとしたろ? 俺があんまりにも頑固だから、強情だから、聞き分けがないから、聞く耳を持とうとしないから――意味のわからないことばかり言っているから、おまえの言うことをのっけから否定するから――離れていこうとしたんだろ?
わかってるよ、大丈夫、なにもかもわかってるよ。俺がいやになったんだ。おまえが想像した「俺」とこの俺が食い違ってしまったから、俺に価値を見出すのをやめたんだ。それくらいはわかるんだよ、この俺でもね。
だから、さあ、早く。早く俺から離れていけばいい――でも、こう言われると情が湧くんだろ? 離れていくのが惜しい、そう思ってしまうんだろう? ほらね、その顔だ。図星だろ?
俺がおまえを好きでいるうちに、早く俺を殺してくれ。そうでないなら、さっさと消えてくれよ。
だから、さあ、早く。早く俺から離れていけばいい――でも、こう言われると情が湧くんだろ? 離れていくのが惜しい、そう思ってしまうんだろう? ほらね、その顔だ。図星だろ?
わかってるよ、大丈夫、なにもかもわかってるよ。俺がいやになったんだ。おまえが想像した「俺」とこの俺が食い違ってしまったから、俺に価値を見出すのをやめたんだ。それくらいはわかるんだよ、この俺でもね。
ほら、今。
今、俺から離れていこうとしたろ? 俺があんまりにも頑固だから、強情だから、聞き分けがないから、聞く耳を持とうとしないから――意味のわからないことばかり言っているから、おまえの言うことをのっけから否定するから――離れていこうとしたんだろ?
ああ、いい、いいよ、そんなことはしなくていい。証明なんていらないよ。証明がなにになる? 言葉が人を拘束できるとでも? サインだって同じだ。指紋なんてなおさらだ。目に見えようが見えまいが、形而下にあろうがあるまいが、なんの意味も持たないことに変わりはない。そう思わないのか?
そんなこと言ったっておまえ、おまえだって俺を裏切るんだろう? ああ、答えなくてもいい。わかってる。おまえはきっと裏切るよ。俺はそれを知ってるんだ。なんだって知ってるよ。たいていの奴は俺を裏切るんだ。俺だって、いつ自分を裏切らないとも知れないからね。
俺がおまえを好きでいるうちに、早く俺を殺してくれ。そうでないなら、さっさと消えてくれよ。
ああ、いい、いいよ、そんなことはしなくていい。証明なんていらないよ。証明がなにになる? 言葉が人を拘束できるとでも? サインだって同じだ。指紋なんてなおさらだ。目に見えようが見えまいが、形而下にあろうがあるまいが、なんの意味も持たないことに変わりはない。そう思わないのか?
ほら、今。
今、俺から離れていこうとしたろ? 俺があんまりにも頑固だから、強情だから、聞き分けがないから、聞く耳を持とうとしないから――意味のわからないことばかり言っているから、おまえの言うことをのっけから否定するから――離れていこうとしたんだろ?
わかってるよ、大丈夫、なにもかもわかってるよ。俺がいやになったんだ。おまえが想像した「俺」とこの俺が食い違ってしまったから、俺に価値を見出すのをやめたんだ。それくらいはわかるんだよ、この俺でもね。
だから、さあ、早く。早く俺から離れていけばいい――でも、こう言われると情が湧くんだろ? 離れていくのが惜しい、そう思ってしまうんだろう? ほらね、その顔だ。図星だろ?
俺がおまえを好きでいるうちに、早く俺を殺してくれ。そうでないなら、さっさと消えてくれよ。
だから、さあ、早く。早く俺から離れていけばいい――でも、こう言われると情が湧くんだろ? 離れていくのが惜しい、そう思ってしまうんだろう? ほらね、その顔だ。図星だろ?
わかってるよ、大丈夫、なにもかもわかってるよ。俺がいやになったんだ。おまえが想像した「俺」とこの俺が食い違ってしまったから、俺に価値を見出すのをやめたんだ。それくらいはわかるんだよ、この俺でもね。
ほら、今。
今、俺から離れていこうとしたろ? 俺があんまりにも頑固だから、強情だから、聞き分けがないから、聞く耳を持とうとしないから――意味のわからないことばかり言っているから、おまえの言うことをのっけから否定するから――離れていこうとしたんだろ?
ああ、いい、いいよ、そんなことはしなくていい。証明なんていらないよ。証明がなにになる? 言葉が人を拘束できるとでも? サインだって同じだ。指紋なんてなおさらだ。目に見えようが見えまいが、形而下にあろうがあるまいが、なんの意味も持たないことに変わりはない。そう思わないのか?
そんなこと言ったっておまえ、おまえだって俺を裏切るんだろう? ああ、答えなくてもいい。わかってる。おまえはきっと裏切るよ。俺はそれを知ってるんだ。なんだって知ってるよ。たいていの奴は俺を裏切るんだ。俺だって、いつ自分を裏切らないとも知れないからね。
俺がおまえを好きでいるうちに、早く俺を殺してくれ。そうでないなら、さっさと消えてくれよ。
2012-05-23 15:56:19
硬い空気がおれの頬を刺す。秋の温みを帯びた風はやがて氷っていくだろう。そうして大きな雪が町を湿らすことだろう。当然のことだ。毎年必ず、季節は町を訪れる。おれの知るかぎりで、これからも続いていくことだ。
日々は変化に満ちているが、だいたいがだいたいの繰り返しを行う。総合して見てみれば、些細な変化もやがては大きな流れのうちに組みこまれてしまう。なにかが欠けても、またなにかが満たす。どうあっても、世界は変わることがない。おれはそう思っていた。
しかし、風は何度も変わらず吹くのに、雪は飽きもせず落ちるのに、井岡はたった一度死んだだけで、この町から消えてしまった。
「友人と呼ぶには、ささやかな関係だったかもしれない。仲間内の集まりで、ごくたまに顔を合わせるていどだった。あまり話したこともない。でも、少なくともおれは、あいつのことを嫌いじゃなかったよ」
美耶子さんは嗚咽を洩らしながら、うなずいた。その震える肩を支えるべきかどうか迷ったが、おれは会釈をするに留め、その場を去った。恋人を喪う痛み、そして愛する人を喪う苦しみというのは、おれにはまだわからない。
会場には結局、親族がごくわずかと、井岡の恋人である美耶子さんしか来ず、どこか空虚な葬儀となった。いまだ気持ちの整理がつかないのか、泣きどおしの美耶子さんの嗚咽が、式の間中ずっと聞こえていた。
井岡の両親は休憩所にいた。老いた二人は並んで長椅子にすわり、互いの手をしずかな目でみつめていた。息子の急逝を、かれらはどんな思いで受けとめるのだろう。おれはなにも声をかけられず、会場を出た。
火葬には参加しないつもりでいた。駐車場に停めた車に乗りこんで、おれは来た道を戻った。大通りに入って、急に現実を取りもどしたような気がした。不意に嫌悪感が生じる。いままで過ごしてきた現実というものが、こんなにも毒々しい、厭らしいものだったと、おれは知らなかった。
どうしようもない吐き気を覚えて、おれは脇道にそれ、一心に車を走らせた。道はしだいに細くなっていき、進行方向に向けて高くなっていった。人家が減り、田畑が増えた。目前に大きな森を見たところで、おれは車を停めた。
車を出ると、冷えた風が首筋を洗った。草を刈られた田が、しずかに震えている。おれは車のボンネットにもたれかかり、ポケットから煙草を取りだして、風を気にしながら、火をつけた。
何度かせわしなく吸って、ようやく人心地がつく。目に映る景色が丸みを帯びるようだった。
上る煙を風がさらっていく。くすんだ緑が寒々しい田畑は、冬の訪れにそなえ、じっとうずくまっているように見えた。風がいっとき止み、おれは目を上げた。たゆたう紫煙に、なにかが絡むように見えた。まっすぐ空に上がっていくそれは、どうやら煙のようだった。
この先にあるのは、火葬場のはずだった。煙はそのせいだろう。
灰色に上りたつ煙が、淡い空に溶けていく。これからどうやって生きていけばいいのか、おれは急にわからなくなった。
こんなのが好きです。よろしくお願いします。
日々は変化に満ちているが、だいたいがだいたいの繰り返しを行う。総合して見てみれば、些細な変化もやがては大きな流れのうちに組みこまれてしまう。なにかが欠けても、またなにかが満たす。どうあっても、世界は変わることがない。おれはそう思っていた。
しかし、風は何度も変わらず吹くのに、雪は飽きもせず落ちるのに、井岡はたった一度死んだだけで、この町から消えてしまった。
「友人と呼ぶには、ささやかな関係だったかもしれない。仲間内の集まりで、ごくたまに顔を合わせるていどだった。あまり話したこともない。でも、少なくともおれは、あいつのことを嫌いじゃなかったよ」
美耶子さんは嗚咽を洩らしながら、うなずいた。その震える肩を支えるべきかどうか迷ったが、おれは会釈をするに留め、その場を去った。恋人を喪う痛み、そして愛する人を喪う苦しみというのは、おれにはまだわからない。
会場には結局、親族がごくわずかと、井岡の恋人である美耶子さんしか来ず、どこか空虚な葬儀となった。いまだ気持ちの整理がつかないのか、泣きどおしの美耶子さんの嗚咽が、式の間中ずっと聞こえていた。
井岡の両親は休憩所にいた。老いた二人は並んで長椅子にすわり、互いの手をしずかな目でみつめていた。息子の急逝を、かれらはどんな思いで受けとめるのだろう。おれはなにも声をかけられず、会場を出た。
火葬には参加しないつもりでいた。駐車場に停めた車に乗りこんで、おれは来た道を戻った。大通りに入って、急に現実を取りもどしたような気がした。不意に嫌悪感が生じる。いままで過ごしてきた現実というものが、こんなにも毒々しい、厭らしいものだったと、おれは知らなかった。
どうしようもない吐き気を覚えて、おれは脇道にそれ、一心に車を走らせた。道はしだいに細くなっていき、進行方向に向けて高くなっていった。人家が減り、田畑が増えた。目前に大きな森を見たところで、おれは車を停めた。
車を出ると、冷えた風が首筋を洗った。草を刈られた田が、しずかに震えている。おれは車のボンネットにもたれかかり、ポケットから煙草を取りだして、風を気にしながら、火をつけた。
何度かせわしなく吸って、ようやく人心地がつく。目に映る景色が丸みを帯びるようだった。
上る煙を風がさらっていく。くすんだ緑が寒々しい田畑は、冬の訪れにそなえ、じっとうずくまっているように見えた。風がいっとき止み、おれは目を上げた。たゆたう紫煙に、なにかが絡むように見えた。まっすぐ空に上がっていくそれは、どうやら煙のようだった。
この先にあるのは、火葬場のはずだった。煙はそのせいだろう。
灰色に上りたつ煙が、淡い空に溶けていく。これからどうやって生きていけばいいのか、おれは急にわからなくなった。
こんなのが好きです。よろしくお願いします。
2012-03-24 06:29:56
山手線をぐるりとまわる。
ここ健康都市トンキンでは、人の息は残らず氷る。春を迎えると解けていき、あたたかさを取りもどす。それまではみな、人のことなど思いやる余裕がない。
電車は事故多発地帯に入り、脱線するまであと三分ほどかかるだろう。
いましばらくお待ちくださいと、癪に障るようなキンキン声のアナウンスが入る。
「ねえ、まだ?」
「もうすぐよ」
通路を挟んだ左隣で、貧しそうな親子が頬を寄せあって座っている。母親の手にはナイフが握られているが、あれを使うことはもうなさそうだ。
人類はとうとう銀河鉄道の発明に成功した。
切符は片道でしか売られない。
高くラッパが鳴った。
たいへん長らくお待たせいたしました、まもなく列車が脱線いたします、ご注意ください。キンキンと空気が震える。
車内の空気が乗客の興奮で湿るなか、おれはなにも感じることができずにいた。ここに居場所を求めたのは間違いだったかもしれない。だが、切符の半分はもう捥ぎりに渡してしまった。
行き着く場所まで行くしかない。
車体が大きく揺れ、重力がぶれて血流が戸惑う。車内はじわじわと高温の液体に満たされていき、視界が陽炎のように頼りない。溶解炉に入ったのだ。
政府の善良な意思によって、志望者はここで命を落とす。
原子レベルまでぐずぐずに崩され、なにもかもが溶媒に溶けていく。貧困にあえぎ、孤独にまどい、無感動に打ちのめされたものたちの、ここは理想郷だ。
なあ、と呼びかける。かつておれの隣りで笑っていた女の子に。
ここではすべてが繋がるんだ。
※ ※ ※
ネットワークが心の繋がりであるとだれが信じるだろう。
この世界では、か弱いそれに、死んで初めて触れることができるのだ。
ここ健康都市トンキンでは、人の息は残らず氷る。春を迎えると解けていき、あたたかさを取りもどす。それまではみな、人のことなど思いやる余裕がない。
電車は事故多発地帯に入り、脱線するまであと三分ほどかかるだろう。
いましばらくお待ちくださいと、癪に障るようなキンキン声のアナウンスが入る。
「ねえ、まだ?」
「もうすぐよ」
通路を挟んだ左隣で、貧しそうな親子が頬を寄せあって座っている。母親の手にはナイフが握られているが、あれを使うことはもうなさそうだ。
人類はとうとう銀河鉄道の発明に成功した。
切符は片道でしか売られない。
高くラッパが鳴った。
たいへん長らくお待たせいたしました、まもなく列車が脱線いたします、ご注意ください。キンキンと空気が震える。
車内の空気が乗客の興奮で湿るなか、おれはなにも感じることができずにいた。ここに居場所を求めたのは間違いだったかもしれない。だが、切符の半分はもう捥ぎりに渡してしまった。
行き着く場所まで行くしかない。
車体が大きく揺れ、重力がぶれて血流が戸惑う。車内はじわじわと高温の液体に満たされていき、視界が陽炎のように頼りない。溶解炉に入ったのだ。
政府の善良な意思によって、志望者はここで命を落とす。
原子レベルまでぐずぐずに崩され、なにもかもが溶媒に溶けていく。貧困にあえぎ、孤独にまどい、無感動に打ちのめされたものたちの、ここは理想郷だ。
なあ、と呼びかける。かつておれの隣りで笑っていた女の子に。
ここではすべてが繋がるんだ。
※ ※ ※
ネットワークが心の繋がりであるとだれが信じるだろう。
この世界では、か弱いそれに、死んで初めて触れることができるのだ。
2012-02-09 15:58:52
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