THE INTERVIEWS

purple_ishikawaのインタビュー

余所様にご迷惑になる質問以外はお答えできればと思っています。
purple_ishikawa: 1978年06月18日生まれ、33歳。 北海道出身。 現在は東京都を拠点に、会社員として活動中。 Purplesoftwareに所属。 パープルソフトウェアというブランドでゲーム制作をしています。
全般に言えることですが、納期を守れない人にも問題はあるかもしれませんが、それはすなわち上げさせることが出来なかった事と同義です。「アイツがあげないのが悪い」と人のせいにして同じ過ちを繰り返した経験は苦い思い出です。

今も危ないと思ったら早い段階で人員のフォローアップなど行うようにしていますが、それでも換えが利かないポジションは結局スケジュールを延ばすしかなかったりするのは切ないところです。

2011-09-20 21:30:54



個人的な希望でもあるのですが気分良く終わることの出来るハッピーエンドで有って欲しいと思っています。あまりご都合主義な展開も考えものだと思いますが、ハッピーエンドだけれども何か一つ考えさせられるような終わり方だと良いかも知れませんね。

あくまで娯楽作品だと思っていますので実社会の嫌なことを忘れてプレイできる作品であって欲しいと思いますし自分もユーザーとしてそのようにプレイしていました。

2011-09-20 21:22:41


知人友人ですでにこの業界の人間がいて、その人達が独立するタイミングが同じだった事です。当時のメンバーは今も殆ど残っていますし苦労も多いですがお陰様で人の巡り合わせだけは恵まれた方だと思います。

あとは純粋に美少女ゲームが好きだったと言うことでしょうか。
この業界は好きじゃないとやっていけないので、色々なゲームをプレイしてこんなゲームが作りたいな、とか自分だったらこうするなと言うのが一番最初の原動力ではないでしょうか。

2011-09-20 21:17:32


元々ブランドを立ち上げた当初は人材も足りず皆でスクリプトをやったりシナリオを書いたりときちんとした分業がなされないまま、なんでもやらなければいけない状態でした。今では考えられない状況ですが良い経験になったと思います。
人材が集まるまで何も作らずにじっとしてるわけにも行きませんし、やらなければいけない状態に追い込まれた方が覚えが早いというのもこの時に覚えました。

当時は美少女ゲームメーカーも群雄割拠でしたが、当時から現在に至るまで残っている会社を考えると時代の流れの速さを感じます。

2011-09-20 21:12:01


高校大学の頃がアルバイトばかりしていて、あまり素行の良い学生とは言い難かったと思います。バイト代は殆ど美少女ゲームに費やしていました。当時はオタクバブル華やりし頃。お金なんて幾らあっても足りない時代でした。美少女ゲームはどんなに悪くても1万本は売れた時代だったかと思います。

新聞配達やファミレス・秋葉原のCDショップなど色々経験しましたが接客業は将来社会に出る上での良い経験になったと思います。



2011-09-20 20:57:43


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