社会学は、いろんな社会問題について調べて研究する学問分野です。
いつもゼミ生から、就活の面接で社会学科ですっていうと「社会学って何勉強すんの?」って聞かれるんですけど、なんて答えたらいいんですかっていう、ある意味ごもっともな、別の意味では情けない(笑)質問を受けるんですが、そのときは「とりあえず『いろんな社会問題を調べて研究する分野です』って言っとけよ」って言うてます。教育格差とか、ひきこもりとか、少子化とか、外国人労働者とか、環境汚染とか、女性労働とか、いろんな社会問題を調査して、データを蓄積して、どうしたらいいかを考える学問が社会学です。これは小学生でも理解できる答えだと思います。実際に、会社の面接でもこれで十分理解してもらえるそうですし、学生たち自身も「あーーそうなんや!」と言うてくれます(4回生にもなって……)。
というか、そうなってほしい。
社会学って何だろうってずっと俺なりに考えてきて、さいごにこんな単純な答えに到達しました。歴史学とか政治学とか、あと理系とか、それから特に経済学ですが、そういう他の領域とこれから闘って、ある程度自分たちの陣地や領土を確保していくためには、ベタな意味で「世の中の役に立つ」ということが必要になると思います。そういうときに、経済学のようなハードな社会科学に対して、社会学に何の価値があるかと考えると、もうこれは「社会問題を調査してデータを愚直に蓄積する」という実践以外にあり得ないと思います。もちろん統計だけじゃなくて、「質的」と間違って言われる普通のフィールドワークも含みます。
特に関西では、しばらく前まで、某帝国大学系(笑)の方々が、やれルーマンとパーソンズはどう違うだの、デュルケムとフーコーはここが似てるだのばっかり言うてて、そういうのが社会学だと思われていました。しかしここ十年ぐらいは、ちゃんと社会問題にコミットして現場で調査するひとがほとんどになってきたので、とても好ましいことだと思っています。(ただまあ、こんなもん予算使って調査して研究する価値あるんかなっていう妙な調査してるひとも多いですが)
もちろん、調査をやっていくなかで、例えば部落や沖縄の研究をしてると必然的に「国家って何やねん」「再配分って何やねん」「平等や公平って何やねん」っていう問いが出てくるし、調査そのものからも、「語りって何やねん」「質的データの信頼性や代表性って何やねん」「そもそも『説得力』って何やねん」という問が出てきます。そのいみで、(ガクセツシではなく)「理論」というものの研究は必ず必要になりますが……。
いつも思うのですが、大学の社会学部や社会学科で社会学を教えるときにも、まず1回生には、環境問題、ひきこもりやいじめ、少子高齢化、非婚化晩婚化、差別、ジェンダーやセクシュアリティ、グローバリゼーションと外国人の増加などの、きわめて具体的な社会問題を、事実のレベルで徹底的に丸暗記つめこみ教育して(たとえば合計特殊出生率ぐらいはすぐに答えられるようにしたい)、2回生ぐらいから実際に調査やフィールドワークをさせて、4回生ぐらいで最後に一般教養として「人権とは何か」「国家とは何か」「近代とは何か」を勉強させないといけないと思います。いまのカリキュラムはちょうど逆になってて、いきなり入学したときにパンキョーで抽象的なこと教えられても理解できないし、3回生で自分の卒論で具体的に社会問題取りあげなあかんようになったときに、世の中にどんな社会問題が存在するのかまったく知識がない。逆だよ逆。
あと、業界の慣習として「論文」よりはもうちょっと価値の劣る「研究ノート」っていうカテゴリーがありますが、これに加えて「リサーチペーパー」っていうのがもっと一般的になればよいと思います。立派な論文にはならないけど、深刻で重要なテーマで調査やってるひとも多いので、そういう「現場からの報告」を書いたらある程度の業績になるようにしてほしい。
とにかく、さいきんは調査をみんなちゃんとやるようになってきてるけど、それでも社会学にはデータの蓄積が足りません。『現代思想』とかでアレントがラカンがフーコーが言うてるようなインテリに憧れるのはもうやめよう。じゃないと経済学とか哲学とか歴史学に勝てない。
「社会学って何」ていう問いから離れて「社会学にこうなってほしい」という話になってしまいましたが。
いつもゼミ生から、就活の面接で社会学科ですっていうと「社会学って何勉強すんの?」って聞かれるんですけど、なんて答えたらいいんですかっていう、ある意味ごもっともな、別の意味では情けない(笑)質問を受けるんですが、そのときは「とりあえず『いろんな社会問題を調べて研究する分野です』って言っとけよ」って言うてます。教育格差とか、ひきこもりとか、少子化とか、外国人労働者とか、環境汚染とか、女性労働とか、いろんな社会問題を調査して、データを蓄積して、どうしたらいいかを考える学問が社会学です。これは小学生でも理解できる答えだと思います。実際に、会社の面接でもこれで十分理解してもらえるそうですし、学生たち自身も「あーーそうなんや!」と言うてくれます(4回生にもなって……)。
というか、そうなってほしい。
社会学って何だろうってずっと俺なりに考えてきて、さいごにこんな単純な答えに到達しました。歴史学とか政治学とか、あと理系とか、それから特に経済学ですが、そういう他の領域とこれから闘って、ある程度自分たちの陣地や領土を確保していくためには、ベタな意味で「世の中の役に立つ」ということが必要になると思います。そういうときに、経済学のようなハードな社会科学に対して、社会学に何の価値があるかと考えると、もうこれは「社会問題を調査してデータを愚直に蓄積する」という実践以外にあり得ないと思います。もちろん統計だけじゃなくて、「質的」と間違って言われる普通のフィールドワークも含みます。
特に関西では、しばらく前まで、某帝国大学系(笑)の方々が、やれルーマンとパーソンズはどう違うだの、デュルケムとフーコーはここが似てるだのばっかり言うてて、そういうのが社会学だと思われていました。しかしここ十年ぐらいは、ちゃんと社会問題にコミットして現場で調査するひとがほとんどになってきたので、とても好ましいことだと思っています。(ただまあ、こんなもん予算使って調査して研究する価値あるんかなっていう妙な調査してるひとも多いですが)
もちろん、調査をやっていくなかで、例えば部落や沖縄の研究をしてると必然的に「国家って何やねん」「再配分って何やねん」「平等や公平って何やねん」っていう問いが出てくるし、調査そのものからも、「語りって何やねん」「質的データの信頼性や代表性って何やねん」「そもそも『説得力』って何やねん」という問が出てきます。そのいみで、(ガクセツシではなく)「理論」というものの研究は必ず必要になりますが……。
いつも思うのですが、大学の社会学部や社会学科で社会学を教えるときにも、まず1回生には、環境問題、ひきこもりやいじめ、少子高齢化、非婚化晩婚化、差別、ジェンダーやセクシュアリティ、グローバリゼーションと外国人の増加などの、きわめて具体的な社会問題を、事実のレベルで徹底的に丸暗記つめこみ教育して(たとえば合計特殊出生率ぐらいはすぐに答えられるようにしたい)、2回生ぐらいから実際に調査やフィールドワークをさせて、4回生ぐらいで最後に一般教養として「人権とは何か」「国家とは何か」「近代とは何か」を勉強させないといけないと思います。いまのカリキュラムはちょうど逆になってて、いきなり入学したときにパンキョーで抽象的なこと教えられても理解できないし、3回生で自分の卒論で具体的に社会問題取りあげなあかんようになったときに、世の中にどんな社会問題が存在するのかまったく知識がない。逆だよ逆。
あと、業界の慣習として「論文」よりはもうちょっと価値の劣る「研究ノート」っていうカテゴリーがありますが、これに加えて「リサーチペーパー」っていうのがもっと一般的になればよいと思います。立派な論文にはならないけど、深刻で重要なテーマで調査やってるひとも多いので、そういう「現場からの報告」を書いたらある程度の業績になるようにしてほしい。
とにかく、さいきんは調査をみんなちゃんとやるようになってきてるけど、それでも社会学にはデータの蓄積が足りません。『現代思想』とかでアレントがラカンがフーコーが言うてるようなインテリに憧れるのはもうやめよう。じゃないと経済学とか哲学とか歴史学に勝てない。
「社会学って何」ていう問いから離れて「社会学にこうなってほしい」という話になってしまいましたが。
2011-09-21 11:02:27
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