自分が「文章を書ける人」なのかよくわかんないのですが(修行中ですし)、事情を適当に推測しながら何か助けになるようなことを書いてみたいと思います。
まず、「文章をかけるようになるアドバイスが欲しい」ということのようですが、なぜ「文章を書かなければならない」のでしょうか? 仕事の都合でしょうか? それとも作文を通じて何か実現したいことがあるのでしょうか?
まず、そこを考えてみるところから始めてみることをお勧めします。
もしうまく考えつかないというのであれば、「なぜ自分は書かなければならないのか」思考を持続させるために、ノートを買ってきてください。コンビニやスーパーで買えるノートでいいです。筆記具はシャープペンや鉛筆等ではなくボールペン、できればJetstream0.7mm ( http://www.mpuni.co.jp/product/category/ball_pen/jetstream/ )がいいでしょう。書き損じたら取消線で消して、いろんなことをメモしてみて下さい。
メモは、作文になっている必要はありません。単語の連発で構いません。上から下へ、左から右である必要もありません。樹形図だったり表だったりイラストだったりしても構いません。「自分が何を求めているか」を書いてみてください。そのノートがリングノートだったとしても、その書き損じた紙は破って捨ててしまわないで下さい(捨てるなら、数年後に改めて判断してください。今は「何がどうであれ残す」としましょう)。一冊に、自分が今後書くべきこと、書くべきでないこと、ぼんやりと思っていることなどを、どんどんメモしていって下さい。
こうした作業は、たとえば「完成された作文を仕上げる」ことよりずっと楽な作業であると思います。誰が見るものでもないからです。ただひたすら自分がモヤモヤしている部分を目の前にかたちにするためだけにあります。誰かが「読める」ような形でメモされている必要はありません。暗号みたいなもので構いません。
こういうものをメモってメモって、一冊終わらせた頃になったら、「要するに自分は何がしたいのか」を、そのノートから大事なところだけ赤線を引いて、どっか別の紙1枚に箇条書きでまとめてみてください。
その箇条書きが、今後しばらく「書きたいもの」のベースになるものです。
これさえ獲得できたら、もう「何か文章が書けるようになりたい」と悩むことはもうなくなっているはずです。そうではなく、「この目的を達成するためには、作文しなければならない」という気分になっていれば、それでひとまず文章は書けるように――というより、「書かずには居られない」ように――なっていると思います。
最大の問題は、それが必ずしも当人にとって幸せなのかどうか、ということなのですが……。
これで「文章が書けるようになる」かの保証は難しいでしょう。なぜなら、貴方がこの作業を達成できない場合があるから。しかしその時はむしろ安心して下さい。あなたの人生のリソースは「文章を書く」こと以外の表現形式に費やされるべきかもしれないということかもしれません。
少なくとも、この作業を経て、なお持続されるに至る作文生活は、その貴方自身の生活をさほど不幸にはしない、という自信があります。
何かを書こうと思った時に、沢山の書き損じを経ているか経ていないかでは、その次の歩みの苦しみの受け止め方がずいぶんと違ってきます。これは、確実に言えることのひとつです。
もしマッチョなことを書いていたらすみません。ひとまずこんなところで。
まず、「文章をかけるようになるアドバイスが欲しい」ということのようですが、なぜ「文章を書かなければならない」のでしょうか? 仕事の都合でしょうか? それとも作文を通じて何か実現したいことがあるのでしょうか?
まず、そこを考えてみるところから始めてみることをお勧めします。
もしうまく考えつかないというのであれば、「なぜ自分は書かなければならないのか」思考を持続させるために、ノートを買ってきてください。コンビニやスーパーで買えるノートでいいです。筆記具はシャープペンや鉛筆等ではなくボールペン、できればJetstream0.7mm ( http://www.mpuni.co.jp/product/category/ball_pen/jetstream/ )がいいでしょう。書き損じたら取消線で消して、いろんなことをメモしてみて下さい。
メモは、作文になっている必要はありません。単語の連発で構いません。上から下へ、左から右である必要もありません。樹形図だったり表だったりイラストだったりしても構いません。「自分が何を求めているか」を書いてみてください。そのノートがリングノートだったとしても、その書き損じた紙は破って捨ててしまわないで下さい(捨てるなら、数年後に改めて判断してください。今は「何がどうであれ残す」としましょう)。一冊に、自分が今後書くべきこと、書くべきでないこと、ぼんやりと思っていることなどを、どんどんメモしていって下さい。
こうした作業は、たとえば「完成された作文を仕上げる」ことよりずっと楽な作業であると思います。誰が見るものでもないからです。ただひたすら自分がモヤモヤしている部分を目の前にかたちにするためだけにあります。誰かが「読める」ような形でメモされている必要はありません。暗号みたいなもので構いません。
こういうものをメモってメモって、一冊終わらせた頃になったら、「要するに自分は何がしたいのか」を、そのノートから大事なところだけ赤線を引いて、どっか別の紙1枚に箇条書きでまとめてみてください。
その箇条書きが、今後しばらく「書きたいもの」のベースになるものです。
これさえ獲得できたら、もう「何か文章が書けるようになりたい」と悩むことはもうなくなっているはずです。そうではなく、「この目的を達成するためには、作文しなければならない」という気分になっていれば、それでひとまず文章は書けるように――というより、「書かずには居られない」ように――なっていると思います。
最大の問題は、それが必ずしも当人にとって幸せなのかどうか、ということなのですが……。
これで「文章が書けるようになる」かの保証は難しいでしょう。なぜなら、貴方がこの作業を達成できない場合があるから。しかしその時はむしろ安心して下さい。あなたの人生のリソースは「文章を書く」こと以外の表現形式に費やされるべきかもしれないということかもしれません。
少なくとも、この作業を経て、なお持続されるに至る作文生活は、その貴方自身の生活をさほど不幸にはしない、という自信があります。
何かを書こうと思った時に、沢山の書き損じを経ているか経ていないかでは、その次の歩みの苦しみの受け止め方がずいぶんと違ってきます。これは、確実に言えることのひとつです。
もしマッチョなことを書いていたらすみません。ひとまずこんなところで。
2011-09-26 04:44:29
Facebook
Twitter
日本語
简体中文
繁體中文