A 基本的なものごとの考え方 特にデザインや論理的思考,哲学など
小学校の次に長いこといた場所なので,色々得るものはありましたが,まとめるとそんな風になります.
人に何か自分の(本来なら我侭で独り善がりな美学に基づいた)よかれと思った事を納得させるのって,表現力もそうだけど,基本的に
1.何を問題としてるのか
2.何故問題か
3.どういう展開になったら良いのか
4.ではどうすればいいのか
5.解決にあたって,また別の規模がより小さい問題が発生しないか
6.それにはどう解決するのが良いか
…
というようなロジックが無いとタダの直観とか勘で言っただけで,何か課外活動で人を動かしたいとか,共同で何かを作り上げなきゃいけないとかが実現できなかったりします.
それに,自分の大学のデザイン専攻という所は,モノの見栄えの良さとか,作品の職人的な仕上がりよりも,提案するデザインにそうした論理立てられた「これが世に出なきゃいけない理由」が説得力を以て提示できなければ評価は低い場所でした.
そういう場所に長くいると,やっぱり世の中の「あれが問題だ」とか「これが問題だ」とかに対して「本当に"そこ"の部分が問題なの? もっと違うところに根っこがあるんじゃない?」って考えるようになるし,「僕らはモノつくっていこうって立場の人間だけど,そもそももう,物質的なモノって必要なの? 要らないんじゃね?」とか考えるようになるし,
そうしてる内に,椅子だけど座面も背もたれも無い椅子とか,住宅なのに内壁が一切ない建築とか,そんなものばかりデザインするようになりました.
でも,結果的にそれ,あんま人にウケるわけないんですよねー…
小学校の次に長いこといた場所なので,色々得るものはありましたが,まとめるとそんな風になります.
人に何か自分の(本来なら我侭で独り善がりな美学に基づいた)よかれと思った事を納得させるのって,表現力もそうだけど,基本的に
1.何を問題としてるのか
2.何故問題か
3.どういう展開になったら良いのか
4.ではどうすればいいのか
5.解決にあたって,また別の規模がより小さい問題が発生しないか
6.それにはどう解決するのが良いか
…
というようなロジックが無いとタダの直観とか勘で言っただけで,何か課外活動で人を動かしたいとか,共同で何かを作り上げなきゃいけないとかが実現できなかったりします.
それに,自分の大学のデザイン専攻という所は,モノの見栄えの良さとか,作品の職人的な仕上がりよりも,提案するデザインにそうした論理立てられた「これが世に出なきゃいけない理由」が説得力を以て提示できなければ評価は低い場所でした.
そういう場所に長くいると,やっぱり世の中の「あれが問題だ」とか「これが問題だ」とかに対して「本当に"そこ"の部分が問題なの? もっと違うところに根っこがあるんじゃない?」って考えるようになるし,「僕らはモノつくっていこうって立場の人間だけど,そもそももう,物質的なモノって必要なの? 要らないんじゃね?」とか考えるようになるし,
そうしてる内に,椅子だけど座面も背もたれも無い椅子とか,住宅なのに内壁が一切ない建築とか,そんなものばかりデザインするようになりました.
でも,結果的にそれ,あんま人にウケるわけないんですよねー…
2011-09-02 05:02:21
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